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by under-heart
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Stairway to Heaven



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3!

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※↑休憩無し。

すると、
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↑クリックすると大きくなります。
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↑大きくなります。

初めて写真をアップ出来ました。よかったです。うれしいから写真多いです。
生きてる事がうれしいです。
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by under-heart | 2006-11-30 21:47 | by the wey

an ancient dress

衣替えと云う風習がありますなぁ。
高校生にも。

この時期になりますと上着着用として、校則で定められたりするようです。
先日、ある工業高校へ忍び込む機会がありましたので、教室の椅子に座りながらポカンとしていると、
「10月1日より衣替えを実施いたします」
てな公事方御定書が貼り付けの刑を喰らっておりまして、
「以下の項目を守るように」
と、注意事項が箇条書きにされていました。

なるほど、テレビや雑誌に安い自分を投影させる事だけに真剣な高校生の風紀を守るのは大変な事ですな。

・頭髪は清潔感を保ち、茶髪、長髪は禁止します。

ですよね、お決まりです、定番ですね、禁止事項の。

・ズボンは腰で履かない事。

なるほど、未だ健在なのですね、この流行は。

・シャツはズボン、スカートの中に入れる事

世間一般の「みっともない」が校則の基準になってるのでしょうな、などと感心しますなぁ。

・ピアス、アクセサリーは禁止。発見次第「没収」とします。
・上着の下に赤や黄色などの派手な色の服を着用しないこと。

ははぁ、そろそろ厳しくなってきましたな、さすが工業高校。
赤や黄色、センスが紅葉してますな、さすが工業高校

・セーターなどは上着の下に着る事。

ん???
上着の上に何かを着る生徒が?
ざ、斬新な発想だな、工業高校!

・女子は埴輪スタイルを禁止します。

なるほど、やはり女子指定の禁止事項も、って、



     ?「埴輪スタイル」?



埴輪?埴輪禁止?
と云うと土器?土器禁止??土器?土器?ええっ!
ドキドキ?
ドキドキ禁止!!!
恋愛禁止?しゃ、しゃ、洒落てるな!工業高校!

違うのか?深読みしすぎか??

埴輪?埴輪、・・・・・・古墳?
古墳禁止?古墳?古墳?こーふん・・?



   !!興奮禁止!!



キャー!工業高校なんて不潔よー!!
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by under-heart | 2006-11-29 21:36 | by the wey

確認事項

近頃は曲がりなりにもぼちぼち更新が続いている。
これからまた記事が増えるだろうから、カテゴリを確認しておこう。

by the way
→日常、生活、個人的な記事。

at a loss
→考察、紹介、批評的な記事。

beyond descripthon
→自由筆記の作品

junk
→失敗やメモ帳、ゴミ箱。

in-bonno
→管理や方位磁石的な役割。

未だブログを使いこなせてないので、これ以上のカテゴライズは今のところ不必要であり、まずは上記をうまく活用するように。
その点、beyondの記事は少ない。
祖父が俳句の先生なのだから「詩」の才能などあるかもしれない、可能性探求という事でひとつ「都都逸」でも。

毒を喰らわば皿までもということで、ケツの穴までも見せる覚悟で行う事。
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by under-heart | 2006-11-28 17:33 | In-bonno

忍びがたきを。

ノド渇きをじっと我慢してのむビールっておいしかろ?

サウナとじっと我慢して入る水風呂って気持ち良かろ?

うんこさんをグッと我慢した後で出す瞬間って気持ち良かろ?


先日やっと試験が終わり、少し息が抜けるかと思いきや、その間に溜まった事務仕事に追われ、がっくりしています。

でも、そういう訳で、我慢というのは「気持ち良かもん」なのだろうと思う事にして、もうちょっと我慢します。

「マゾ」ってこういうモンなのかしらん?
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by under-heart | 2006-11-27 12:41 | by the wey

roll with it

晴れて資格試験が終わりまして、まぁそれは受かるので、そんな事より・・

本日、同級生の一人が今日、ウチで結納を挙げました。

彼との付き合いは幼稚園から中学卒業まで、中学といっても2クラスしかない田舎中学ですから、約11年間同じクラスの級友という事になります。

書きかけ、ちょいタンマ、トイレ行ってくる。
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by under-heart | 2006-11-26 20:33 | by the wey

シャーペンの芯

危険物取り扱い資格の試験を明日に控えました。

この多忙な行楽シーズンの合間を縫って勉学に励んだものですから、タイトルに掛ける試合前の仕上がりは、本日の軽量をギリギリで通過といったところです。
そんな、プロのボクサーでも「トガって」しまうこの時期に当然あたしも神経過敏になる。
当たり前のように、よせばいいのに、母親と口喧嘩を始めてしまう。

ところが、口喧嘩には多少の自信があったとしても、相手が自分の母親という、「自信のあるあたし」の「親分」、世にも厄介な手合いだから、かなわない。
「若造め」と言わんばかりに何枚も上手を取り、ベテランの凄みをみせる。こちらも得意の理論で攻めるが、なんだか、「おい、それは違う話でしょ?」とつっこみたくなる程のあたしの過去の悪い事や、関係ない生活の借りなどを題材にされ、こちらが頭にきて冷静さを欠いたとばかりに、話を畳み掛けてくるから、もう、お手上げ。

親と仕事を同じにするというのは、どちら様も同じ思いなのでしょうが、喧嘩ばかりしてしょうがない。あたしも人生で初めて「反抗期」なんじゃあないだろうか?と、いう思いに悩まされている。

この通り、口喧嘩はだいたい負けるから、その理由を考えてみるに、
どうやら、あたしの性格は感情的で、すぐに頭に来るとその先の冷静さを失ってしまうトコロが子供っぽくていけないと気付いた。
なので、いつも、冷静さを欠かない様に、知的なディベートをと心がけているのですが、
「怒っちゃいけない、怒っちゃいけない、文脈を分析、分析、・・・・もう、我慢できなーい、キョエーッ!」
と、すぐなる。

「いや、あたしもね、喧嘩はいけねぇと思って、手は出すまい、手は出すまいと念じてるんですがね?そうするとその内、相手の野郎にいきなり横から手を出すヤツがいる。『こりゃ、手の早いヤツだね、誰の手だい?』なんてその手を捕まえて見ると、俺の手なんですねぇ」

なんて、ジロチョウの子分みたいに、手は出しませんが、口も出ない。
まったく我ながら情けない限りで。

そうなると「ストレス」ってのが溜まりましょ?
胸がムカムカしましょ?
後で一人で「本日のまとめ」をやって、納得しようとするんですが、このムカムカが消えないんですよ。

よく、「ストレス発散」なんていうのがありますが、人によってそれぞれだそうで、ある人は酒を飲み、ある人は歌を歌い、ある人は陰口を叩く。
しかし、これって信用なりませんな。ストレスというものは、病気と同じでその根源を叩き、克服しない限りは解消できませんでしょう?
上記な発散をもって、
「あー、忘れた、すっきり」
てな人がいたら、そりゃ、楽な生き方ですなぁ。

上記の発散は、一時的な免罪符みたいなもんにしか思えませんがね。
そのくせ、癒しだとか、馴れ合いだとか、おまえら、癒される前に、やることがあるだろキョエーッ。

おっと、冷静に、冷静に。
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by under-heart | 2006-11-25 23:37 | by the wey

絶景

東京もようやく紅葉が始まったようです。

そんなニュースを見ながら、花鳥風月を愛でる心持で思い出すことは一人暮らしをしていた時の事でした。

季節の移り変わりを心のヒダで感じ、四季ある日本の美しさへの儚さと美しさとを身体に染み込ませて育った田舎暮らしの幼少時代があったおかげで、一人暮らしの青年時代へ移っても春夏秋冬の雅なる趣きを忘れる事は出来ませんでした。

それはそれは、白一面に輝いた、雪の降る日そのもの。
肌を刺す寒い一日の初めに、暖かく湯気を匂わせる、炊飯ジャー。
美しい冬の出来事でした。

それから・・・。

乾燥した冬を、一人じっと、雪解けを待ち、鳥と声を待つように、じっと待ち続けた炊飯ジャー。
カピカピに乾燥するその姿は、ほんのり桜色でした。
浮き足だつ春の景色。


それから・・・。


憂鬱な雨ばかりが心を鬱にする梅雨がやってきて、湿気が部屋に立ち込めました。
しかし、「止まない雨は無いんだよ」と言わんばかりに山々は生命の息吹を一度に吹き上げるように、炊飯ジャーも生命の限りを尽くさんばかりの大演出。
蓋を開けばまさに、
「新緑、萌えいずる夏」
緑一面のファンタスティックな夏の世界。



それから・・・。



暑い太陽の下で、思いの丈を精一杯に伸ばし終えた木々達は、迫りくる寒気に備え、身支度を始めます。
そう、それは一年で一番美しい、恋の季節。
炊飯ジャーも「紅葉の季節」。

蓋を開、もう、赤やら、青やら、うっ、黄色やら、おえっ、緑やら・・・、
ごめん!もう、それ以上、凝視できないや!ごめん!
これこそ、


「言葉にならない・・・」


炊飯ジャーだけに、次に開けた時にはピッコロ大魔王あたり出てきそうでしたので、そのまま、蓋を閉めたまま、とりあえず、冷蔵庫に入れてみたのですが・・・。

それから・・・
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by under-heart | 2006-11-24 23:13 | by the wey

南猫

ある企画展を友人に薦めたところ、以下のレポートが帰ってきました。


『ゲロを自在に吐ける』
『部屋が汚い』
『長男が発狂した』
とかは一つも無く、展示物が細菌の標本・日記とかだから全体的に地味な印象。
面白かったのは在英中の日記に、
『大英博物館内図書室に於いて差別発言を受け直ちに此れをブチノメス(ブチノメスは原文のまま)』
と、あった事。
確かゲロシャワーと椅子殴りのコンボだったと思うが展示説明には、
『差別発言に激昂し暴力事件を起こした日の日記』
と当たり障りの無い説明。
売店でグッズなんかないかと思ったけど何も無し。
平行してミイラ展をやっていたのでそっちがメインな感じ。


さあ、みなさん、これはどんな人の展覧会でしょう?
想像力を働かせて考えてみて下さい。


ヒントです。

①世界のアルコール中毒患者展覧会。

②世界のゴミ収集家展覧会。

③世界の差別により発狂する人々展覧会。


正解→「       
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by under-heart | 2006-11-23 21:33 | by the wey

貧相なブリ子

友人が犬を飼い始めました。
なんだか「ブルドック」と「なんたらテリア」(ロッテリアではない)みたいな犬の交配種で、チビッコイ、脂の乗りが悪そうなやせこけた犬なんだが、可愛い。

メス犬なので「抱かせてホイホイ」と願ったのだが、ウチに犬を飼っている事が原因で抱かせてくれない。
どうやら「病気の予防注射」を行う前に他の犬の菌が移ると困るそうだ。
あたしは毎日犬と戯れておりますから、犬の病気を運んでいる可能性があるとか?

哀れ、我が家の駄犬は小娘犬の前で「病気持ち」の嫌疑を受けてしまったようです。
そして、それを運ぶ飼い主のあたし。
なんだか女房が売りの貧乏な売春宿の様です。
世も末ですなぁ。

しかし、いかんのが、この貧相なメスブルテリア(以後「貧相なブリ子」)は前述のように「ブルドック」と「なんたらテリア」の交配種ということで、将来、脊髄に病気を持つ可能性があるのだとか。
まったく、どういう訳だか、人間様は勝手なことをなさる。
ついこの間も広島の犬のテーマパークが放置されたまま問題になった事件があった。
世も末ですなぁ。

ところでこの貧相なブリ子を飼い主はたいそうお気に入りでして、彫りの深い猿の様な顔をしながら「がわい゛い゛いー、飼い主に似ずんだでー」などと頬擦りをしている。
そのままでは良くて猿、悪くて飼い主に似てしまうかわいそうなブリ子なのですが、どうやら、犬は生物学的に見ても飼い主に似るらしいのです。

なぜなら犬は自分の姿を認識することが出来ず、毎日見る飼い主の顔と姿を自分の姿だと思い込むのだからだそうです。
確かに犬は自分の姿を鏡で見る事はないでしょうし、誰も姿形を教えてくれる対象はいないでしょう。

イソップ童話でも、肉を咥えて川を覗く犬が、川面に映った自分を見て、
「あの野郎、いい肉持ってやがるな」
と、欲を出したばかりに、奪い取ろうと口を開けた弾みに咥えていた肉を川に落としてしまうという寓話があります。

ここでも、犬は犬を自分だと認識できません。
まぁ、そこまでイソップが知っていたかどうかは知りませんが、やはり、犬は自分を犬と認識できないのでしょう。例えば、犬が発情するのはメス、もしくはオスの匂いであり、姿形ではないのです。
そういう訳で、犬が自分の姿を飼い主と同様と思い込む事により、成長と共に容姿がうっすら浮き上がるのだそうです。

驚く事に、これは人間でも同様の現象は見られるのだそうで、男性が母親に似ると言われるのが多いのは幼少の頃から抱くマザーコンプレックスという母への敬慕の眼差しからで、女性はその逆だそうです。
やはり、性の本能が異性の親を憧れの対象として自然と見てしまうのだそうです。



なーんて事を本日鼻毛を抜きながら自分勝手に出鱈目てみました。
信じた?
信じた?
世も末ですなぁ。
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by under-heart | 2006-11-22 23:27 | by the wey

種蒔き

我が家では「仏教」ではなく「神教」で冠婚葬祭が行われます。

例えばお葬式などがあると、お寺の坊さんがお経をあげるのではではなく、神社の神主さんが祝詞を読む。お線香でもなく、玉串(サカキなどの常緑樹の小枝に紙垂をさげたもの)を使用します。
そして、仏教では四十九日という行事がありまして、この日を境に死者の魂は輪廻転生されるといいます。神教では三十日祭と言いまして、この日を境に魂が天上界に召される。
この日まではご霊前で拍手の音を立ててはならず、それは魂が音を聞いて戻ってきてしますからと言われています。

あたしの大祖母に当たる方、104歳で大往生をなされた方の三十日祭が本日行われました。
その大祖母を中心とした親戚一同が集まるのですから、それは大きな「生きた家系図」が出来上がるのです。

変な話で、どこの家庭もそうでしょうが、御多分に漏れず我が家庭でもこういう機会ではないと親戚一同が揃うことはなく、なんとなく決まって、それぞれの夫婦の馴れ初めや、子供の進路の話題などが語られるのです。

眺めると不思議に、顔も知らないような方たちが打ち解けて話しをしている。
104歳と云う大往生をなさった大祖母という人は、親戚を広く、とても広く繋げた。
血のつながりという奇妙な縁を、時代を超えて広く繋げた。


その行事中、宮司様とお話をする機会がありました。
「じゃあ、もうこちらへ戻って、御家を継ぐのかな?」
「恐らく。ただ、今は継ぐというよりも母を助けるといった意識の方が優先されいるんです」
経営状況やらこの業界の情勢やら、父の遺言を考えると素直に「継ぐ」と判断を下せない自分がいました。

「宮司さんは家督を継ぐ事を早い内から決めていたのですか?」
「僕は、継ぐ気がなかったのですね。長男として小さな頃から親の仕事を継ぐ事の期待を受けてると、若いし、反抗したくなったのでしょうね。絶対に継ぎたくはなかったのですね。大学を卒業するくらいかな、あれだけのお社だしね、もったいないという気もあったのでしょうね」

「これからは、わかりません。息子が今大学で勉強していますし、継いで欲しい気持ちはあります。しかし、私たちは『祝詞』が命で、これが、これからどれだけ必要とされるか。この時代では、好きな事を出来て、暮らせてゆける事が幸せなのかもしれません」


大祖母は家業を営み世代を超えて大きな繋がりを残し、この世を去った。

その繋がりの末端にあるあたしが、この世を去る時には、どこでどうなりどのように人が繋がっているのだろうか。
今日、その道の上に歩いている事を気付かされた気分でした。
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by under-heart | 2006-11-21 19:48 | by the wey