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by under-heart
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2006年 11月 21日 ( 1 )

種蒔き

我が家では「仏教」ではなく「神教」で冠婚葬祭が行われます。

例えばお葬式などがあると、お寺の坊さんがお経をあげるのではではなく、神社の神主さんが祝詞を読む。お線香でもなく、玉串(サカキなどの常緑樹の小枝に紙垂をさげたもの)を使用します。
そして、仏教では四十九日という行事がありまして、この日を境に死者の魂は輪廻転生されるといいます。神教では三十日祭と言いまして、この日を境に魂が天上界に召される。
この日まではご霊前で拍手の音を立ててはならず、それは魂が音を聞いて戻ってきてしますからと言われています。

あたしの大祖母に当たる方、104歳で大往生をなされた方の三十日祭が本日行われました。
その大祖母を中心とした親戚一同が集まるのですから、それは大きな「生きた家系図」が出来上がるのです。

変な話で、どこの家庭もそうでしょうが、御多分に漏れず我が家庭でもこういう機会ではないと親戚一同が揃うことはなく、なんとなく決まって、それぞれの夫婦の馴れ初めや、子供の進路の話題などが語られるのです。

眺めると不思議に、顔も知らないような方たちが打ち解けて話しをしている。
104歳と云う大往生をなさった大祖母という人は、親戚を広く、とても広く繋げた。
血のつながりという奇妙な縁を、時代を超えて広く繋げた。


その行事中、宮司様とお話をする機会がありました。
「じゃあ、もうこちらへ戻って、御家を継ぐのかな?」
「恐らく。ただ、今は継ぐというよりも母を助けるといった意識の方が優先されいるんです」
経営状況やらこの業界の情勢やら、父の遺言を考えると素直に「継ぐ」と判断を下せない自分がいました。

「宮司さんは家督を継ぐ事を早い内から決めていたのですか?」
「僕は、継ぐ気がなかったのですね。長男として小さな頃から親の仕事を継ぐ事の期待を受けてると、若いし、反抗したくなったのでしょうね。絶対に継ぎたくはなかったのですね。大学を卒業するくらいかな、あれだけのお社だしね、もったいないという気もあったのでしょうね」

「これからは、わかりません。息子が今大学で勉強していますし、継いで欲しい気持ちはあります。しかし、私たちは『祝詞』が命で、これが、これからどれだけ必要とされるか。この時代では、好きな事を出来て、暮らせてゆける事が幸せなのかもしれません」


大祖母は家業を営み世代を超えて大きな繋がりを残し、この世を去った。

その繋がりの末端にあるあたしが、この世を去る時には、どこでどうなりどのように人が繋がっているのだろうか。
今日、その道の上に歩いている事を気付かされた気分でした。
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by under-heart | 2006-11-21 19:48 | by the wey