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by under-heart
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樽の中の魚①

むかーしむかし、あるイベント会社でお仕事をさせて頂いている時の事でしたぁ。

そのイベントの一部として子供向けの’にぎやかし’に「黒髭危機一髪」を使用し、黒髭の部分にイベント発注会社のマスコットを配置する、というものを行っておりました。

群がり、膝を擦り剥き、鼻汁を垂らす子供達の世話をする上品なお仕事を華麗にこなしながら、あたくしは連中に対して一つ気の利いたジョークを、

「この樽の中には魚が入っててね、剣で突付いて魚に当てるとびっくりして暴れるから、この黒髭が飛び出るんぜよ」

すると子供達はいっせいに剣の刺し穴を覗きはじめるではありませんか。
「まことに愚かで滑稽な生き物ですなぁ」
などと高笑いをきめていると、どこからともなく、

「いた!」
「うそうそ?」
「ほんと!ここ!ほら」
「えー?どこどこ?いないじゃん」
「ほんとだ!こっちだ!なんか光った!こっち!」
「あ!いた!動いた!」

四、五人の子供が餌に群がる鳩の様に黒髭樽に頭をねじり込んでいます。
「おいおい、そいつぁ、反対側から覗いてるヤツの眼なんじゃねぇの?眼なんじゃねぇの?もう一度言うが、眼なんじゃねぇの?はっきり言うが、大変だから。なんか見えちゃったら、もう、大変だから」
と心で復唱し、顔で復笑しながら、あまりに若くして「キマって」しまったかもしれない、樽の中の魚よりも不思議な生き物を観察しておりました。

しかし、この光景。以前どこで見たことがあるような・・。


それは約二十年の時を遡った、鼻汁を垂らし膝を擦り剥き、染みの付いたシャツを着て片目の取れかけたコアラのパペット人形を持ち、晴れの日も長靴を好んで履いた、幼稚園に上がる前の上品な子供の時のあたくしでした。

東京に親戚があり、良く遊びに連れて行かれた時の事。
デパートに行く時等、大抵の場合、うるさく小汚いお子様共は屋上の遊戯場や一階ロビーにある待ち合わせスポットなどで放置されていました。
あたはくしそのような下品なお子様ではありませんでしたが、共に歩く親戚の子供筋が例にならったお子様でしたので、不服ながらも同様の扱いを受けていました。
一番のお気に入りは三越の玄関に構える「ライオン」の置物の上へ放置だったことを今でも思い出します。

そして、その放置場所には必ず「噴水」がありました。
その噴水のロマンティックに自在な変化と発色に打たれたあたくしの子供心は、口の閉じるのと鼻汁をすするのを忘れるほど感激しておりました。
するとどこからともなく、

「魚がいた!」

その一報を聞くや、あたくしの童心は背骨に雷が抜け落ちる程の衝撃を受け、
「ステキ!」
と、声にならない感動を胸に、放置されたみなし児達と一致団結、噴水の中を焦がす程に覗きはじめるのでした。
それはそれは上記のお子様連中と同様に、

「光った!」
「ここ!」
「いた!」

などと、塩素消毒の固形薬が溶け切らない程に飽和された、「チェルノブイリに人がいた!」なとと言うに近い魚の環境下な噴水の中で「樽の中の魚」を見つけていたのでした。

そしてあたくしは、非常に諦めの悪い、・・・・まぁ、ガキでした。


里親、もとい、親戚のご両親がお迎えにあがった時、噴水から離れる時に、
「ああ、魚見たかったな・・」
とは思わない。
「あー、魚を見れて楽しかった」

そう、見ていませんよ。見ていませんけれども、
「魚がいた!」と言う誰かの一声と、
「何かが光った」のを水面に見る事は、
それが水面の光であろうと何であろうと、あたくしに魚を認識させるのに十分な証拠になりました。

置物の「ライオン」の上に登った時も、
「ねぇ、今動いたよね?」
「え?待って、あ!動いたかもしんない!」
終いには、
「だって、ちょっと、咬まれたもん!いま!」
って、おいおい、という。

幼稚園の時のプールなどでも同様な心持でした。
が、が!ですよ!
時代が必要としたのか、このご時世には夢もへったくれもない、「理想郷なんて馬鹿げている、僕は君達が旗を掲げて理想を語る間にペンを走らせ、確実にお受験で登り詰め、人生の勝ち組になるのさ」なんていうリアリズムで保守的なニヒリストが現れ、
「ばっかじゃねー!魚なんかいる訳ねーじゃん!」
などと、(魚はいるのに)根も葉もない(魚はいるのに!)まったくの絵空事を発し、愛と夢を踏みにじる決戦の火蓋を切って落とすのです。
そんな時、思う事はいつも、
「この水を全部抜いたら、魚がを捕まえられるし、ぎゃふんと言わせる証拠になるんだけど・・」
と遠い眼をしていた時の事。

夏が終わればプールの水を抜くというじゃありませんか!
これはいい機会と、前者の「既成の価値観や色眼鏡に犯された連中」を引き連れ出し、今日こそ白黒つけてやろうと、プールにでかけたのです。

結果、魚はいませんでした。
「やっぱり、魚はいなかったんだ・・あいつらの言うとおりなんだ・・負けた・・」
とは思わない。
水のなくなったプールを隅々まで探し、二、三日経ち、干からびたプールを確認した後、
「だから、やっぱり、魚はいなかったろ?おい!」
「くっそー、またしても逃げられたか!」
と。
そしてすぐ、野蛮な「無魚論者」との肉体的説得が、また始まるのです。

また、諦めの悪さは輝きを増し、
小学生低学年の頃、ミニ四駆やガンダムのプラモデルが流行った時の事。

あたくしの家庭は少々厳しく、お小遣いなどは手に入れるに中々困難でした。
しかし、プラモデルが欲しくて欲しくて堪らない。
もう、こうなったら、糞ガキですから、地団駄でも犬の糞でも何でも踏む。
すると、両親も折れて、家の手伝いを労働条件とし微かな賃金で雇用契約をしてくれました。
すれば、糞ガキですから、頼まれもしないのに、なんでもする。部屋の掃除なんて気を利かせれば、方っ端からモノをゴミ箱に捨てる。障子に穴あれば、アニメのシールを方っ端から張る。犬の尻の穴にも張る、それは屁の用心になる、これは落語のサゲだった・・。

そんな努力が報われて、やっとこさ初給料500円ほどの収入を得て、いざ目的のプラモデル購入と補助輪付き自転車をまたぐのだが、ここで知っていただきたいのは、当人の実家は山の中腹に位置し、おもちゃ屋さんなどは遥かふもとの町までの小旅行を企画しないとノレンをくぐれないのです。
その企画案には四箇所のおもちゃ屋のある地域があり、週六日制、日曜日のたった一日な休日ライフ、そんな小学校生活では、四つ全て回るのに、一箇所一週間だから、約一ヶ月を要する、ロングスパンなプランでした。

でも、それはすごく楽しかった。

そんな訳で、当時、テレビのCMかアニメか何かで見た、当時の人気ミニ四駆を買いに出かけました。もう一言付け加えますが、ミニ四駆は当時、とても人気があるおもちゃでした。

初週の日曜日、おもちゃ屋さんに入ると、あたくしは、しつこい。

目的の品があれば、即購入と話が早いが、なければ何時間でも同じ場所を探すのです。
品が入った箱を入れ替えては、奥を探し、入れ替えた事により違う商品棚に見える同じ棚を再度奥まで探します。
一度、外に出てみる。
また来店して繰り返す。
その度に店員さんに聞く。
店内を一周して探す。
戻って繰り返す。
箱を開けてみる。もしかして、パッケージだけ間違えているかもしれない。中身はあたくしの欲しいヤツかもしれない!

暗くなると、おもちゃ屋さんに「お家へ帰ろう、届いたら連絡してあげるから」と頭をなでられて帰宅を促されました。

二週目、みつからない。

三週目、みつからない。

その間、おもちゃが届いたという連絡は無い。

最終日、とうとう最後の最後でも目星の品を見つける事は出来ませんでした。そして同様に暗くなったところあたりで、店員さんに促されました。
しかし、あたくしは立ち上がる事が出来ずに、うなずくことも出来ずに、ついにはそこで泣いてしまった事があります。
この時も、
「どこにも無かった・・」
という思いではなく、
「見つからなかった、どうして隠すんだ?出して、見せてよ!」
と、いう思いが強かったのです。

このおもちゃ屋さんがある四箇所の地域は、当時のあたくしにとって世界の広さと同等であり、この範囲があたくしのおもちゃに対する世界全てでした。
「テレビの中では実物があるんだ、世界のどこかに必ずあるはずだ!」そんな思いは「世界に意地悪をされて隠されているんだ」という思いとなり、歯がゆく悔しい感情でいっぱいでした。

それほど諦めが悪い子供でした。


言い換えると、それは、「信じる力」と言い得ると思うのです。

魚がいると「信じる力」、ライオンは動くと「信じる力」、おもちゃは有ると「信じる力」、

12月24日の夕方、家の中をひっくり返す態でサンタクロースの存在を問う。両親がサンタクロースのはずは無い!サンタのプレゼントは寝ている間にサンタが持ってくるんだ!家の中にあらかじめプレゼントなんて!プレゼントなんて!・・あ!!

「・・・やられた!こんなに早く来ていたとは!」

サンタクロースを「信じる力」。

続く・・・
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by under-heart | 2006-11-07 22:24 | at a loss