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by under-heart
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レット イット ブリード

「あたしの祖父の祖父に当たる方、つまり四代前は近隣にある神社の宮司を職としていた」
そんなことを友人へ洩らした事があるのです。

すると友人は当神社について調べをつけ、あたしの忘れた頃に、
「その神社の信仰は火伏せに始まり、菅原道真を祀るため雨乞いと雷除けがあるみたいだ。おまえの苗字は『○○』だろう?きっと神社の信仰が雨に関係の近いものだからその苗字なのではないか?」
なるほど面白いと思い、自らの家系について調べてみました。

調べが進むと前者を裏切る驚きの事態となりました。
どうやら我が家系の初代は嵯峨天皇という列記とした歴代天皇の一人の様なのです。
その瞬間、
「いとやんごとなき(大変立派)事でおじゃりまするな、おじじうえ」
と言葉遣いは変わる訳はございませんが、「これ以上は無かんべよ」という一種の満足感と、「嘘言っちゃいかんぜよ」という猜疑心が沸き起こり、嵯峨天皇に関するリサーチをスタート、

薬子の変という難局を迅速な判断で乗り越え、自らの地位を強化、貴族政治の基本「弘仁格式」を完成。検非違使(けびいし 宮廷の警護官)の設置。強力なリーダーシップで太平の世を築く。趣味としての詩や漢詩に優れ、楽器も得意、筆もご立派のマルチタレント。
ご苦労さんでございやすが、どうも親戚としての実感が湧きません。
その上、

「ざっと30人以上の妃、52人の皇子女」を抱え込んでいると来た日にゃあもう手のつけようがありやせん。野球チーム9組できます、9組!あまり1です!
ここまでのスラッガーならば「クスコの変」をバット一振りで軽々と沈められる事でしょう。失礼。

猜疑心は積もるばかりですが、冷静に見ればここで天皇家の親戚が膨大に増えたという点では納得できます。
そしてその点が利用されてきたという可能性も。

なぜなら、室町の後期から日本は乱世へ入り、身分は低くも自らの頭と腕一本の力を頼りに出世をする人間の世の中でした。
どこの馬の骨かわからぬ連中は、名家の苗字を金で買い、家系譜に己の名を記し、外での名声を得、就職活動を行っていたのです。
当時の天皇家、公家は衰退を極め、餓死者が出る事もあった時代ですから容易に考えられましょう。

閑話休題。
家系譜をさらに読み進めると(怠慢はなはだしく、1000年のタイムスリープ)、戦国に武家として武田信玄に使え、江戸時代には水戸の徳川へ奉公。明治になれば武家は公務員のようなものですから、当時、公営のものである神社へと派遣、そこがあたしの実家の近くに当たる神社というわけです。

ただし、
この四代前のご先祖には妻はあったが子供が無かった。
そこでその妻方の親戚の子供を養子に取り、「○○」の姓を継がせたのです。
そこに血のつながりはありませんでした。
三代前は農家でした。
なるほど、あたしには働き者の血が流れているのです。
公務員試験に嫌われるはずですわ。
それならそれで納得です。
家系譜に振り回されるほどあたしもマヌケじゃありませんが、
あたしが持つ血と土地を愛する働き者の根性はこういう理由だった訳ですな。

しかしこの様な視線で見れば、血を重ねど違えど親戚というものは、本人が知れど知らねど日本各地に多数いる事になるのですね。
はたしてそいつは「ナショナリズム」なのか?
なぞです。
そして、よろこばしいことに、先日また親戚が増えたのです。
その方は本日命名された「悠仁様」。
つまり、

みなさん、あたしの結婚式は見ものですぜ。
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by under-heart | 2006-09-12 21:06 | at a loss